2014年09月16日

日本の左派

 社民党・共産党・公明党などの左派は、なぜ一つにまとまれないのか。政治的なイデオロギーが近いにも関わらず一つにまとまれないのは、結局、彼らが得意とすることが、外国とパイプを作る、という一点に限られているからではないだろうか。民主党が政権をとったとき、野田氏はあっさり政権を明け渡した。あの出来事によって、自分たちの限界を世間に示してしまった。というのも、日本の左派というのは、歴史認識だけを用いて日本を抑えつけようという装置でしかなく、国内問題を解決する、または日本人の立場になって政治運営をする、という視点がまるきり抜けてしまっているのだ。左派というのはユダヤが作り出した、子どもじみた幻想に端を発しているために、その思想が一国を支えることは、荷が重いのであろう。

 繰り返しになるが、日本の左派は、なぜ一つにまとまれないのか。彼らは日本について偏った見方をしており、それは歴史認識やメディアの報道姿勢にあらわれている。今回の朝日新聞の誤報問題にしても、その偏った見方からついには嘘をついてしまうまでにいたった。嘘の上に立って、表面的に聞こえのいいことを言って、日本国民を貶めていく。そういう集団は結局、お互いに疑心暗鬼になり、大きな組織にはなり得ないということではないだろうか。左派というのは、公共心のない、ただお金のためだけに動く、その場しのぎの生き方しかできない、戦略のない集団なのである。

 ここで、日本の左派に対して提案をしたい。日本の左派は、嘘や捏造をがんばって支えるのはもうやめて、反米姿勢を鮮明に打ち出すべきだ。もう法案が通過してしまった集団的自衛権の議論をもう一度やろうとするのではなく、日本に駐留する米軍を撤退に追い込む努力をし、自分たちがメディアを使って政治的なメッセージを送る努力をする。例えば、日本の政治にアメリカが深く関与していることも大きく取り上げ、これを公然と批難するとともに、中国やロシアなどの国を自分のよりどころとするのではなく、自分たちの正しいと思う道をはっきりと示すべきだ。このままだと、単に批難はするが、行動力はなく、それでもって一つの勢力にまとまることもできない、与党のまわりに集まる野次馬にしかなれない。

 話は変わり、外務省の役人の話を引用したい。
 先進国の大使は役人だが、旧社会主義国や発展途上国の多くの大使はまったく違う論理で生きている。彼らにとっては、大使のポストはあらゆるコネを動員して苦心の末に手に入れたもので、生活の権威とすべてを左右するものなのだ。こうした連中は、西側の大使が交代する時にも、その政治的な背景をあれこれと分析し、とんでもない結論を出したりする。
 だが、国の評判が形成されるのも、こうした人たちが主流となっている面がある。日本がいわれのない批判を受ければ間髪を入れずに説明しておくことが必要だが、そういった者の中には自分と違う意見をはなから受け付けない者も多い。そうした者が多いと見て取ったら、それに敢えて抵抗するのは逆効果で、むしろそうした連中と親しく付き合い、心象を良くしておくことが一番効果的なのだ。
                                  「外交官の仕事」河東哲夫
 この文で気になるのは、相手が特に仲良くしようとしていない時に、その相手と、自ら仲良くしようとする必要性があるのか、という点である。自分の国を良く見せようとしすぎて、逆に日本は嫌われているのではないだろうか。また、重要な国でない場合は、その国に就く役人もエリートである必要はなく、その国に通じていて、仕事もそつなくこなせる人であれば、他の人がやってもいいのではないかと思えてしまう。日本に来ているアメリカの大使をみても、そのことはよくわかるかと思う。まとめると、日本はこれ以上、外国に対していい顔をしなくてもよく、アメリカに対しても、適当にあしらっておけばよいのである。クールジャパンだとか、和の心を大事にだとか、いちいちこちらから発信する必要はない。和の心なんて、大陸の人間にはまず理解されないだろうし、言っても無駄である。

posted by シンジ at 23:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。